研究業績

留学時と帰国後の研究

文責 内田信一

1)留学の経緯と留学先

留学帰国後の研究については、留学中のラボのテーマとは同一ではないものの、実験手技や扱う腎臓での現象にも似ている部分があるため、留学時の研究から御紹介させていただく。

もともと私の所属していた第2内科の腎臓研究室は、NIHのDr.Burgのラボに留学生を送っていた。尿細管の微小灌流法を用いた尿細管でのイオン・小分子の輸送に関する研究をおこなっていたが、Dr. BurgとともにNIHにいたDr.HandlerがJohns Hopkinsの腎臓部門のボスとして出るにあたり、ポスドクを募集しているとのことで、そこに行く事になった。

その新たなラボでの研究計画をみたとき、日本で経験していた「技術とリソースありきで、その範囲でできる実験をまずやってみる的な研究」ではなく、本当の研究計画とはこういうものだと言う驚きと感動を覚えた。

2)留学先での研究

その概要を述べると、研究の始まりは、まず腎臓の髄質の細胞は、尿濃縮のために高浸透圧環境におかれているが、そこで細胞がどうやってその高浸透圧環境に対応しているのか?というシンプルな疑問からおきている。こういった、リサーチクエスチョン(RQ)は、非常に大切だと今でも思っている。確たるRQもなく、オミックス解析をすれば、何か面白いデータが出てくるのではないか的な研究を最近よくみるが、そこに研究をはじめる時にはたしてワクワクはあるのだろうか?ワクワクするようなRQがいつの時代も研究の第一歩ではないだろうか。

その後の研究計画の概要は、

細胞は高浸透圧下で、細胞内にオスモライトという細胞内の酵素反応を阻害しない物質を蓄積することで、細胞外の高浸透圧とバランスしているが、MDCK細胞では、蓄積されるオスモライトはmyo-inositol、betaine、GABA、タウリンといった物質で、これらはNa依存性の輸送体によって細胞内に取り込まれていた。高浸透圧環境下ではこれら輸送体遺伝子の転写活性が増加することで取り込み能を上昇させて対応している。つまり、これらの輸送体遺伝子の高浸透圧による転写活性化機構を解明できれば、細胞がどのように高浸透圧環境を関知して生存しようとしているかがわかることになる (図1)。

そのための研究計画は、まずこれら輸送体を分子同定する(cDNAクローニング)ことからはじまる。cDNAをプローブとしてゲノムからこれら遺伝子とその制御領域を同定する。浸透圧感受性転写制御領域を決定後、そこに結合する転写因子を単離同定する。単離同定後、その因子の高浸透圧感感知機能を明らかにする。

こういった事が研究計画書に書かれていたわけだが、その理路整然とした流れるような研究計画に魅了された。こういった研究計画を立てることができるかどうかが、まず研究者の能力にとって一番大切な事だと今でも思う。

そう言った意味で、研究の師は、Jeseph S. Handler教授である。

ただ、実際の研究はそううまく行くものではない。

最初の段階のこれらの輸送体のcDNAクローニングができないと、話は頓挫する。

当時、今は有名になったSGLT2の兄弟分子であるSGLT1がXenopus oocyteを用いた発現クローニングで単離されたことがNatureに報告された。その方法を踏襲して我々の輸送体をクローニングすることになった(図2)。

そのためには、対象とする輸送体が存在するMDCK細胞からmRNAを単離して、それから逆転写酵素で、cDNAをつくり、それを適当なプラスミドベクターに組み込んでcDNAライブラリーを作成する。そのライブラリーから200個程度のクローンを一つのサブプールとして、そこからDNAを生成して、それを鋳型にmRNAにして、それをoocyteに注入し、数日後、oocyteで目的の輸送体活性がみられるかどうかを、放射線ラベルしたmyo-inositol、betaine、GABA、タウリンの取り込みを液体シンチレーカウンターで測定し、ヒットするプールが出るまで、この作業を延々と繰り返す。

発現実験自体は、MDCKのmRNAをポジコンとして実験はできるが、当時cDNAクローニングという実験は、実験というよりはポジコンの無い実験=宝探しであり、そう言った意味では、かなりリスクのある研究計画ではあったが、できればNatureという夢があった。

実際に作成したcDNAライブラリに本当に当たりが含まれている保証はなく、少し専門的になるが、cDNAを本来の頭の部分が正しい方向にベクターに組み込むために、作成の途中段階でNotIという8塩基認識の制限酵素処理をする必要があり、めったにcDNAの翻訳領域やその周辺にはNotIサイトはないものの、その保証はなく、あれば、そのライブラリをいくらスクリーニングしてもたどり着けないことになる。実際に、次にのべるPCRクローニングで単離したタウリン輸送体は、この不幸な事例であったことが後に判明した。また、mRNAのうち蛋白をコードしているopen reading frameの部分は一部でしかなく、一番お尻のpolyA配列から遠い上流にあることもある。その際、当時の逆転写酵素が上流まで長く逆転写できるかどうかの保証もなく、実際これもあとで分かった事だが、myo-inositol輸送体のメインのmRNAのサイズは10kb程度で、これに該当していた(図2)。

ただ、当時はそんなことも知らずに、ひたすら取れると信じて頑張っていた。結果的にmyo-inositolとbetaine輸送体はこのexpression cloningで同定出来、betaine輸送体は別々に単離していたGABA輸送体と同じである事も判明した。

一方、タウリン輸送体は上記の理由もあって、この方法で取れるはずも無く苦戦していて、別の方法も模索していた。

当時、やはり今や薬剤ターゲットとなっている神経伝達物質の輸送体のクローニングが報告され、いくつか相同性のある輸送体ファミリーを形成している事が分かりはじめていた。輸送体は細胞膜に存在し、蛋白の疎水性の部分が膜貫通部位と推定され、その部分のアミノ酸配列が各輸送体ファミリー内では保存されていることが多かった。

よって、その部分を7アミノ酸程度2箇所をピックアップできれば、その塩基配列を第3コドンのところはその全ての可能性をインプットしたいわゆるdegeneratePCR primerを一組作成し、求めたい輸送体が発現している細胞や臓器から調整したmRNAを逆転写したcDNAを鋳型にしてPCRをかけると、期待されるプライマー間の長さにPCR産物がえられれば、それをベクターに回収して塩基配列を調べ、新規のファミリーメンバーがえられる事がある。

この方法をホプキンスのノーベル賞受賞者のいるラボに単身習いに行き、実際、タウリン輸送体と期待されるクローンの断片がMDCK細胞からえられ、最終的に全長クローンを単離し、oocyteで発現実験をしてタウリン輸送体であると確認できたときの感動は今でも忘れられない。

この技術は、修得してしまえば簡単な技術ではあるが、当時の分子生物学の実験マニュアルに書いてあるわけではなく、分子生物学の先進的なラボ内でやっていた程度で、アメリカでも腎臓分野や生理学的分野では、そもそも分子生物的手法をできる人があまりいなかったと思われる。

結果として、2年ちょっとの留学で第一著者で4報書けたのはラッキーであった (図3)。

3)帰国後の研究(腎臓のクロライドチャネル・水チャネルの単離)

そして、帰国前から、この技術を活かして、ファミリ−を形成していることがわかりつつある輸送体ファミリーで、腎臓として意味もあるものはなにか?と検討していた。当時の腎生理分野では、腎臓の糸球体―尿細管フィードバックでClイオンがシグナル分子として重要で、その通り道のクロライドチャネルの同定が重要、みたいな話が出ていた。また当時もパッチクランプの技術でいろいろなイオンチャネルは研究が進んでいたが、腎臓には尿濃縮のために水のみをとおすチャネルがあることが推定されており、その単離もいくつかのラボが狙っている状況であった。そもそも、私のホプキンスでのラボの階下に血液分野のラボがあり(ノーベル賞受賞者のPeter Agre教授のラボ)、そこで赤血球膜から単離された蛋白が腎臓にも存在するのでということで共同研究をしており、その発現実験をしてみたら水チャネル機能を有していたこともわかっていた。

ただ、帰国時の医科歯科大学第2内科腎臓研究室の実態は、まず分子生物学に必要な試薬も研究費もほとんど無く、ノーザンブロットができるだけで素晴らしいと言われていたレベルで、しかも同じ第2内科内でも、他グループの機器の貸し借りや、部屋の出入りまでも厳しく制限(拒絶)され、今思えばよくデータを出せたと思えるような環境であった。

結果的には、クロライドチャネルClC-K1と水チャネルAQP2(当時はWCH-CD)の単離に短時間で成功した。AQP2の単離については、同級生の伏見先生に、ClC-K1単離に使用したほぼ全てのリソースや実験手技も伝授し、その後さらにいろいろな先生が参加して、CLCファミリー、AQPファミリーメンバの単離とその解析の研究につながった(図4〜10)。

4)この時代の研究を振り返って

当時の私は、また科研費の申請できない病院の日雇いの医員の身分で、上司の言う事を聞かないと研究するお金も場所も確保できないという状態であった。よって、ある意味惜しげなく自分の持っている技術やリソースを皆に提供することが自分のポジションの維持に大切と考えて行動していたように思う。一方、昨今の若手研究者の処遇の議論の中で、助教でもPIにしないと日本の研究の未来はないと言われる現代にあっては、当時すこし気前がよく技術や知識を同僚や上司に提供しすぎたかなと思うときもあったが、やはり研究のメンターとして佐々木先生からいただいた節目節目の御助言は、その後の研究の方向性における道標であったと思う。今の時代において、若手がキャリアを伸ばしていくときに、どういう形(完全独立PIか、グループの中でメンターの指導を受ける形か、など)が良いのかは、人によっても違うし、今後の国際卓越研究大学における臨床系教員の研究力向上における大きな課題の一つと思う。

5)最後に

後輩に伝えたいことは、
とにかくしっかりとした先までもみすえたよいRQや研究計画をたてること。

その過程で、枝葉のような研究もでてくるときがあるが、それが大きな幹に育つ枝なのか、やはり本来の幹に全力投球するのか、の見極めこそが、研究者として才覚の一つと認識して、後悔しないしっかりとした理由をもって判断をすること。

そして、人生の大切な時間をつぎ込むのであるから、自分の価値を客観的に評価し、自分は何の為に研究をしているのかをたえず見つめ直し、研究をたとえ外れたとしもその経験を次のキャリアに活かして欲しい。