内田信一先生のご退任に寄せて
内田信一先生、長年にわたる教室運営ならびに大学への多大なるご貢献、本当にお疲れ様でした。
内田先生が腎臓内科の教授に就任された2014年、その祝賀会の席で私は次のような挨拶を述べさせて頂いたと記憶しています。 「内田先生は、本学医学部を卒業される際、長尾賞を受賞されています。この賞は、専門課程における全試験の合計点において学年1位となった者に授与される、たゆまぬ研鑽の証です。医学科の4年間、いかなる科目に対しても高いモチベーションを維持し続け、己を律して学び抜くことは、並大抵の努力で成し得ることではありません。この不屈の精神こそが、教授として教室を率いる上での強力な資質になると確信しています」
私のこの予想は、見事に的中いたしました。しかし、その「的中」の仕方は、当時の私の想像を遥かに超えて厳しく、そして輝かしいものでした。
内田先生の教授任期後半の6年間は、まさに激動の時代でした。2020年4月からの3年間は医学部附属病院長として、未曾有の国難ともいえるコロナ禍の陣頭指揮を執られました。さらに続く1年半は、東京医科歯科大学の医療担当理事として、また最後の1年半は東京科学大学(Science Tokyo)の誕生に向けた初代CMO(チーフ・メディカル・オフィサー)として、統合後の極めて困難な舵取りを担われました。
特にCMOとしての1年半は、折からのインフレによる病院経営の圧迫や、電子カルテシステム変更に伴う予期せぬ不具合への対応など、難題が山積していました。内田先生は、おそらくご自身が望んで歩まれた道ではなかったかもしれませんが、それら一つひとつの重責から逃げることなく正面から向き合い、持ち前の高い遂行能力と正義感で解決へと導いてくださいました。この6年間は、私の学長在任期間とも重なっており、内田先生の多大な貢献に対し、改めて深い敬意と感謝の念を禁じ得ません。
さらに驚嘆すべきは、これほど多忙な公務の傍ら、腎臓内科教授としての職責を全うし、次代を担う優秀な若手人材を数多く育て上げられたことです。「任せるべきは任せ、自らがなすべき核心を見極める」という卓越した組織運営能力は、長尾賞という物差しだけでは計り知れない、内田先生の真の人間力であったと感じております。
内田先生が築き上げられたものは、腎臓内科教室のみならず、病院、そして新しく誕生した東京科学大学の礎として、後世にまで深く語り継がれると思います。
内田先生、長い間、本当にご苦労様でした。先生の歩まれた軌跡に心よりの敬意を表するとともに、今後のさらなるご健勝とご多幸を祈念いたしまして、私の感謝の言葉とさせていただきます。
